(文=東京スポーツ新聞社・中村亜希子)
2022年明治杯全日本選抜選手権の女子59kg級は4月のジュニアクイーンズカップを制した元木咲良(育英大)が、決勝で昨年末の全日本選手権の覇者・屶網さら(至学館大)を下して初優勝。プレーオフでも屶網を下し、世界選手権(9月、セルビア)の代表を決めた。
攻撃力が光った。決勝では、第1ピリオドから強豪相手にいなしや低いタックル、ローリングでポイントを重ね、6-1とリード。第2ピリオドもポイントを加え、10-3で勝利。プレーオフは堅実な試合となったが、攻め手はゆるめなかった。
夢の世界切符ゲットに「けががあったり、全日本選手権に出られなかったり…。ここまで来られたのは皆さんのおかげです」と、感慨深げに語った元木。2024年パリ・オリンピックを目指す中、昨年7月に右ひざの前十字靭帯を断裂。2度目のけがだったこともあり、失意のどん底に落とされた。
復帰しても、またけがをするのではないか、とマイナスの感情ばかりが頭をよぎった。しかし、2000年シドニー・オリンピック・グレコローマン代表の父・康年さんに「咲良以外は誰もあきらめていないよ」と声をかけられハッとした。「そうか、下を向いているのは自分だけなんだ」と。
前を見ることができるようになると、地道な練習に取り組んだ。マット練習ができない時期には、技術が高い選手の動画を見て研究にも力を入れた。「技術がさらに身について、けがする前よりも強くなれたかなと思いました」と、成果を実感した。
康年さんは柔道出身で、自衛隊入隊後の20歳からレスリングを始めた選手。初の世界選手権出場が27歳で、遅咲きながらオリンピックに出場した。ポテンシャルがあり、それを輝かせるための努力を怠らず、夢をかなえた人物だ。
父からはいつも「やらない言い訳をするな」と教えられた。何事にも手を抜かない。身近に最高のお手本がいると言っていい。
咲良は父の影響で3歳からレスリングを始めたが、朗らかな人柄の父から練習を強制されることはなかった。「伸び伸びとやらせてもらいました。強いられていたら、レスリングを嫌いになっていたと思う。レスリングが好きになれたのは父のおかげです」と頬をゆるめた。
59kg級は非オリンピック階級のため、パリ・オリンピックに向けていずれ階級を変更する予定。その前に、世界選手権で女王の称号を得ることが今の目標だ。「世界チャンピオンになって自信をつけたい。今回の試合の反省を生かして、自分のレスリングができるように頑張りたい」と意気込む。
その先には、父と同じ舞台が待っている。「父は20歳、私は3歳でレスリングを始めたので、お父さんより(オリンピックの)可能性があると思う。父以上の努力をして、オリンピックで金メダルを取りたいです」
マットの上に、また一人、楽しみな逸材が現れた。