日本レスリング協会公式サイト
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2022.03.21

【特集】2年ぶりに全国大会出場を果たす古豪・北越高(新潟)、伝統を守ってきたのは2人の“レスリング未経験監督”!(上)

 

 レスリング・シーズンの幕開けとも言える春休み恒例の風間杯全国高校選抜大会(3月27~29日、新潟・新潟東総合スポーツセンター=今年も無観客開催)。新潟県レスリング関係者の尽力で、インターハイより早い1953年にスタートし、高校では最長の歴史を持つ大会だ。新潟県は開催県として学校対抗戦2校と個人戦各階級2選手の出場が認められている。今年の学校対抗戦には、常連となった八海高とともに北越高が2年ぶりに出場する。

全国高校選抜大会に臨む6人の男子選手と女子1選手、3人のマネジャー

 全国高校選抜大会が始まった頃、新潟県でレスリング部のある高校は、北越高(当時北越商高)を含めて6校あった。その中で、現在も部があるのは北越高のみ。当時、県内の覇権を争った新潟高、新潟商高、新潟明訓高、新潟工高、長岡高は廃部となり、のちにオリンピック選手を輩出した巻農高(現巻総合高)のほか、新潟東工高、新潟北高、新潟南高、白根高にも、今はレスリング部が存在しない。

 新潟県の伝統を守って現在に至っているのが北越高だけということになる。オリンピック選手が2人出ている伝統もあるが(青海上=1960年ローマ大会、風間貞夫=1964年東京大会)、少子化の影響もあって部員集めは楽ではない。今年の全国高校選抜大会に臨む選手は6人(他に女子選手1人)。7階級で闘う学校対抗戦ではフルメンバーが組めない。

「全員で『絶対に勝つ!』と誓い合っています」…今井悠稀主将

 どこの県も同じだろうが、コロナのため部活動が中止されたり、他校との合同練習は禁止されたりしているので、実力を伸ばすべき冬の間、思うような練習ができなかった。厳しい闘いを強いられそうだが、石井邦宏監督は「出場する以上、責任を持って闘わなければなりません。2年生(4月から3年生)にとっては最後の高校選抜大会。悔いのないように闘わせたい」と言う。

チームを牽引する今井悠稀主将

 学校対抗戦の初戦は、グレコローマンで多くの強豪を輩出している八幡浜工高(愛媛)今井悠稀主将は「試合をイメージして練習を続けています。相手は強敵ですけど、一致団結し、サポートし合って、全員で『絶対に勝つ!』と誓い合っています」と言う。高校入学後にレスリングに取り組んだので、全国の舞台で力を発揮するのはこれから。気合を込めて最終シーズンのスタートに挑む。

 同校では野球部が昨秋の秋季県大会で優勝し、北信越大会に出場する成績を挙げた。春の甲子園出場はならなかったが、3人の投手を抱える布陣で今夏は甲子園出場の有力校となっている。運動部のムードはいい。

「できない理由を探さない」「頼まれごとは試されごと」が指導方針

 石井監督はレスリングの経験者ではない。新潟・佐渡高時代は野球、新潟大ではアメリカンフットボールをやっており、2000年4月に北越高に採用されてレスリング部の副顧問をやることになった“レスリング未経験者”。

選手の練習相手を務める石井邦宏監督

 しかし、2000年には石沢幸佑(のちに日体大進学)が2年生ながら全国高校生グレコローマン選手権と国体で優勝し、翌年はインターハイ2位、国体連覇を達成した。「いきなりすごい経験をさせてもらいました」と石井は言う。

 前任者の力が大きかっただろうが(後述=前任者も未経験監督)、監督になった2009年には滝澤廉太郎(のち中大)がインターハイ3位、地元新潟国体では準優勝、翌年にはインターハイ3位、全国高校生グレコローマン選手権と国体で優勝を果たした。2018年国体では齋藤成龍(現神奈川大)、2019年国体では大滝北斗がともに3位入賞を果たすなど、指導者として力をつけ、手腕を発揮している。

 指導方針は、「できない理由を探さない」「頼まれごとは試されごと」の2つ。前任者からら受け継いだものだと言う。「生徒は、できないとき、できない理由を探したがるものです。『練習環境が不十分で勝てるわけがない』『勉強が大変で部活ができない』など。やる前からできない理由を探しているようでは、どんなことでもうまくいくはずがありません。前向きに取り組んでみると、案外うまくいくもの。これは人生にも通じることだと思います」。

部員は少ないが、団結で全国大会へ臨む

 たとえ結果が出なくても、「一生懸命に取り組んだ過程は、将来、決して無駄にはならない。生徒に、部活動を通じて体験してほしいことです」と言う。自身も、未知のスポーツの顧問を頼まれたことを、人生の「試されごと」と胸に刻んでやってきた自負を持っている。

 野球やサッカー比べると競技人口が少なく、しかも階級制なので表彰台に昇る可能性は大きい。「成功体験が得やすいのは、レスリングのよさなのではないかな、と思っています。 原先生(喜彦=県央工高監督、全国高体連理事長)をはじめ、関川先生(博紀=八海高監督)など県内外の多くの先生方に助けてもらい、指導していただきながら、何とかここまで来ることができました。決して自分一人の力ではない」と感じている。

インターハイ出場を目指す唯一の女子選手

 同部には、時代の流れに乗って女子選手も1人在籍している。新潟ジュニア~ブルドッグス出身の川村優で、連日、男子選手を相手に汗を流している。まず来月のジュニアクイーンズカップが目標。姉が在籍しており、「中学2年くらいから北越でレスリングを続けようと思いました」と言う。

選手としては紅一点の川村優(右)と新潟県女子選手第1号の中林教子さん

 県内に女子選手は少ないので、女子を相手にした練習はなかなかできないが、「男子と練習している分、力では(他県の強豪に)負けないと思います」と話し、今年の目標をインターハイと国体出場に置く。心強い“女子コーチ”もいる。新潟ジュニア出身で、東京・安部学院高~日大でレスリングを続けていた新潟県の女子選手第1号の中林教子さんだ。学校のそばにある寮で寮母をやっており、「昔取った杵柄(きねづか)」とばかりに、仕事と子育ての合間に足を運び、練習相手になってくれる。

 中林さんの祖父(故・中林篤一郎さん)が同校のレスリング部創設時にかかわっており、北越高は“遠縁”のチーム。「レスリングから離れられないですね」と笑いながら、祖父が育てた高校、そして女子レスリングの発展のために貢献している。

 県内で最も長い歴史を持ち、女子も入れて発展を目指す北越高だが、驚くことに、その伝統を守ってきたのは、レスリングは素人の監督ということ。前前述の通り石井監督は野球とアメリカンフットボール出身だが、それに先立つ1990年からは野球経験者の舩木和久・現同校教頭が指揮。途中から石井副顧問とのコンビで2009年まで監督を務め、監督を譲ったあとも教頭になる2018年まで2人のコンビで部を支えた

《続く》

▲壁に掲げられている1957年全国高校選抜大会優勝時の写真。後列左端が新潟県のレスリングを支えた中林篤一郎氏

▲オリンピック選手の名もある歴代の選手札

▲2014年インターハイ(神奈川)出場記念のパネル写真

 







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