(文=読売新聞記者・波多江航)
階級制のスポーツであるレスリングと切り離せないのが、減量である。私がレスリング担当となった2018年は、計量が以前の試合前日から当日朝に変わったことからも、トップ選手の減量策に注目が集まった。
過酷な節制に耐えて迎えた試合本番、マット上で見せる絞り切った肉体は、レスリングの魅力の一つだ。
本心からそう思いつつ、あえて日本レスリング界の、特に男子が抱える課題を指摘したい。少々大げさに言うと、それは「減量の乱用」と、それが招く「軽い階級への選手層の偏り」ついてだ。2018・19年の世界選手権取材を経て、その思いは強まった。
欧州や旧ソ連圏では、男子重量級への歓声がひときわ大きい。それも納得。大男が繰り出す豪快なタックルやリフト技の迫力は見応え十分。それらの階級では、残念ながら日本勢は敗退しており、原稿も早々に手放し、観客気分でメダルマッチに興奮していた。
英語もロシア語もろくにできないが、試合後はやじ馬根性でミックスゾーンへ。ところが、最重量級はともかく、間近に見るメダリストたちは思いの外、小さかった。ほれぼれする筋骨隆々の肉体であることは間違いない。そう感じたのは上背のせいだろう。
2019年の男子グレコローマン87kg級を例に挙げると、優勝のジャン・ベレニュク(ウクライナ)は175センチ。2位のビクトル・ロエリンツ(ハンガリー)は176センチだ。これは全日本選手権出場者と比べると、同級はおろか、77kg級の選手ともさほど変わらない(注=昨年の全日本選手権77kg級出場選手の平均身長は174.1cm、87kg級は177.3cm)。
これは偶然ではない。階級によって体重の上限が決まっている以上、増やせる筋肉の量にも限界がある。その範囲内においては、身長の低い選手ほど筋肉をより太くする余裕がある、ということになる。
筋力はこの筋肉の太さ(筋断面積)に比例する。対戦相手から加えられる力と体重という抵抗に打ち勝つ強い力を発揮しなければならない競技特性を考えると、筋断面積は極めて重要な要素だ。
ならば、特に若い選手はどんどん太くなればいい気がするが、ここで階級制のジレンマに直面する。筋量を増やすのは容易ではないため、目の前の大会だけに焦点を絞れば、減量して軽い階級で出る方が、より仕上がった体で臨める可能性が高まるからだ。
複数の指導者から、小学生にまで減量が広がっていると聞き、ショックを受けた。小学生にも大事な大会があることは理解できる。しかし、それでは試合に出る度にその分の成長期間が失われてしまうし、危険ですらある。特別ルールを設けてでも、何とか歯止めを掛けられないか。
一方で、世界に目を向けると、1996年アトランタ・オリンピックでは、男子の両スタイルとも60kg以下の階級が10階級中3階級ずつで、最軽量は48kg級だった。その後、度々ルールが変更され、来年の東京オリンピックは、6階級中1階級ずつとなった。
最軽量はフリースタイルの57kg級。階級減に伴って重量化にシフトする流れは、日本の現状にとって強烈な逆風だ。軽量級は層が厚いだけに、もったいなく感じる。より重い階級で輝くはずの大器が埋もれてはいないか。
昨年、非オリンピック階級ながらフリースタイル79kg級で高校3年生で全日本選抜選手権を制し、世界選手権にも出場した髙橋夢大(当時京都・網野高=現日体大)などは、重い階級に挑戦して花開いた好例だ。
1メートル65センチと小柄で、体重は79kgに届かず。それでも鍛え抜いた下半身から繰り出す低いタックルは十分通じた。東京オリンピックでは、中重量級にちびっ子が憧れるスターが誕生して、「日本人では勝てない」という無意識の壁を打ち破ることに期待したい。
最後に、もう一つだけ。成長期のレスラーに伝えたいのは、レスリングの本質は格闘技だということ。無理やり体重をとどめてパフォーマンスを落とすことは、強さを追求する格闘技本来の目的に反する。コロナ禍で次の試合も見通せない今だからこそ、迷わず太く、強くなれ!
波多江航(はたえ・わたる)1984年生まれ、福岡県糸島市出身。同志社大学法学部卒。大学時代はアメリカンフットボール部。2009年、読売新聞に入社し、大分支局、西部運動部(福岡)を経て2018年4月、東京運動部に赴任。レスリングを中心に東京オリ・パラ、大相撲を担当。趣味は格闘技。現在レッスルウィン(永田克彦代表)にてレスリングを勉強中。 |
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