日本レスリング協会公式サイト
JAPAN WRESTLING FEDERATION
日本レスリング協会公式サイト
2015.05.03

【連載】ネバーギブアップ! 2020年、金メダル10個への挑戦(13)「負けた時こそ、“負けることを恐れない勇気”が必要」…強化本部長・栄和人

(日本協会強化本部長・栄和人)

前回記事(女子ワールドカップ優勝で感じたキッズ指導者の重要性


第13回「負けた時こそ、“負けることを恐れない勇気”が必要」

 1100人もの若手選手が一堂に会するJOCジュニアオリンピックカップが終りました。3月末には全国高校選抜大会、4月初めにはジュニアクイーンズカップがあり、今年度のレスリング・シーズンはもうスタートしていましたが、大学生を含めた男女の有望株が集まるこの大会を迎えると、あらためて「今年も熱い闘いがスタートしたな」という気持ちになります。

 全体として感じたことは、どの部門・階級もレベルが上がっているということです。協会が手がけている一貫強化の成果は確実に出ています。欲を書かせてもらうなら、テークダウンを取ったあと、一呼吸おかずにグラウンドで攻める姿勢(技術展開)がほしかったと思います。

 この連続攻撃ができるようになれば、一気にポイントを取ることができます。練習でそれを意識してやっていれば、スピードやスタミナといった体力がつき、さらにレベルが上がると思います。上位に入った選手は、「自分が東京オリンピックに出る」という気持ちを強く持ち、今後の練習を頑張ってください。

■勝負の世界の厳しさを感じたジュニア・男子フリースタイル74kg級

 大会では、いくつかの“番狂わせ”が展開されました。一番のニュースは、ジュニアの男子フリースタイル74kg級で、ユース・オリンピック王者の山崎弥十朗選手(埼玉・埼玉栄高)が勝ち抜いたことでしょう。

 これまでにも高校生選手がジュニアで優勝したことはありますが、山崎選手のそれは、昨年優勝で全日本選手権3位の浅井翼選手(拓大)と昨年の全日本学生選手権優勝の奥井眞生選手(国士舘大)を破っての優勝であり、より大きな快挙と言えると思います。

 それ以外にも、全日本のトップを激しく追う立場だった選手が、下から追い上げてくる選手に足元をすくわれたケースがいくつかありました。高校やカデット、ジュニアで何度も優勝を経験し、シニアのトップ選手を追う立場だった選手が、あっという間に追われる立場となるのですから、勝負の世界の厳しさがうかがえます。

 今年初めの本コラムでも書きましたが、追う選手と追われる選手とでは、追う選手の方が気持ちは楽です。今回、追われる側の選手は追って来る選手の影を必要以上に意識してしまい、自分のレスリングができなかったのだと思います。次回の対戦は立場が対等近くになるわけで、その時の結果が、本当の意味での優劣になると思います。

■勝負の世界に「負けず嫌い」は必要なことだが…

 思わぬ黒星を喫した選手に、ぜひとも伝えておきたいことがあります。負けてしまった今こそ、「負けることを恐れない勇気」を持ってほしいことです。

 優勝を何度も経験した選手にとって、負けることは嫌なことです。全日本王者など目標とする選手に負けたのなら、納得できる負けであり、落ち込むことはないでしょう。追われる選手に負けてしまうのは、プライドを傷つけられ、自分のそれまでの実績のすべてを否定されてしまったような気になります。

 よく、「負けを知らないエリートは精神的にもろい」と言われます。すべてに当てはまるわけではないと思いますが、一面では真実をついています。レスリング界でも、勝ち続けてきた選手がつまずいたり、けがで思うような成績が挙げられなかったりしたことで、闘争心や向上心がなくなり、あっという間に“過去の人”になってしまったケースは数え切れません。

 「エリート」と呼ばれる選手は、例外なく負けず嫌いです。負けることが嫌で嫌でたまらないのです。では、絶対に負けない方法は何でしょう。それは「闘わないこと」です。闘うことがなければ、負けることはありません。そこで、負けを回避するため、闘うこと自体を避けてしまうのです。

■勇気を振り絞った敗戦後の吉田沙保里

 実は、吉田沙保里選手にも、そうなりかけた時がありました。2008年1月のワールドカップ(中国)で連勝記録が「119」で途切れた時のことです。試合直後は涙にくれ、落ち着いたと思ったのも束の間、帰国した成田空港で報道陣に囲まれると、涙が止まらずに囲み会見を途中で切り上げました。

 約2ヶ月後にあったアジア選手権(韓国)は、北京オリンピック代表に決まった選手には、オリンピック前の最後の国際大会として出場を義務付けましたが、吉田選手は当初、「出たくない」と言ったのです。最終的には出場させましたが、大会の直前に神経性胃炎に襲われ、38度を超える発熱や下痢を発症。最悪の状態で計量を迎えました。

 「闘いたくない」という気持ちが体に変調をきたしたのだと思います。負けを繰り返して強くなった選手からすれば、「1度負けたくらいで何だ」と思ったかもしれませんが、同期や年下の選手には勝ち続けてきただけに、格下の選手相手の一度の敗戦が吉田選手の心をずたずたにしたのです。

 私は、体調が最悪でも出場させました。「ここで負けたら、もう立ち上がれなくなるかもしれない」という不安があったのも事実で、「体調が万全でないなら、棄権の方が良策では?」という気持ちもありました。しかし、闘うことに背を向けたら、本当に立ち上がれなくなると思ったのです。負けても闘う気持ちがあれば褒めてやり、また挑もう。それでも駄目なら…。私にとっても勝負でした。

 吉田選手は私の期待にこたえてくれました。第1試合の開始直後こそ慎重な闘いぶりでしたが、徐々に自分を取り戻し、終わってみれば4試合を快勝しました。全体を通じ、負けることを恐れず勇気を振り絞って攻撃したと思います。負けを恐れた闘いだったり、逃げ回る試合なら、勝ったとしても褒めることはしませんでしたが、そうではありませんでした。負けを恐れない勇気を出したことで、吉田選手は壁を乗り越えたのです。

■負けを恐れてしまうと、成長がなくなる

 これまで、多くの紙・誌面で吉田選手のサクセス・ストーリーが紹介され、テレビででも語られています。現在、個人戦では52大会連続優勝で、連勝記録を「192」まで伸ばしました。今年中には「200」の大台に乗ると思います。

 吉田選手の強さが強調されるあまり、「特別な人間であり、あんなに強くはなれない」などと思っている人もいると思います。しかし彼女だって、負けを恐れ、体調を壊すほどの恐怖にとりつかれてしまう普通の人間なのです。本人の話によると、アジア選手権の第1試合は足が震えて止まらなかったそうです。恐怖と必死の思いで向き合い、勇気を振り絞ったからこそ、今の強さがあることを知ってください。国民栄誉賞の栄誉は、負けることを恐れずに闘いを挑んだ結果なのです。

 勝負の世界に生きる人間は、負けることを恐れてはなりません。負けを怖がっていては、闘いが委縮してしまい、勝負どころで仕掛けることもできません(そもそも、勝負どころが来ないでしょう)。負けることは恥ずかしいことではありません。負けを恐れるようになった時、その選手の成長は止まります。

 「負けても、命までは取られない」くらいの気持ちを持ち、闘ってください。負けることは、すばらしい経験なんです。


《ネバーギブアップ! 2020年、金メダル10個への挑戦》

■第12回: 女子ワールドカップ優勝で感じたキッズ指導者の重要性(2015年3月17日)

■第11回: 米満達弘選手に感謝するとともに、必ず伝統を引き継ぎます (2015年2月13日)

■第10回: 人生は、ネバーギブアップ! 挑戦する気持ちを忘れずに (2015年1月1日)

■第9回: 審判の真剣さとき然さが、日本レスリング界を支える (2014年11月20日)

■第8回: 新たな応援のスタイルを生み出したネット中継 (2014年10月10日)

■第7回: レスリングを支援してくれるお母さんが増えてほしい (2014年8月17日)

■第6回: 試合後にゴミ拾いをしたサッカー・サポーターに学びたい (2014年7月17日)

■第5回: 感謝の気持ちを忘れなかった教え子を、誇りに思います (2014年6月23日)

■第4回: 天国の堀幸奈さんに、必ず世界一の感動を届けます  (2014年5月26日)

■第3回: 35年前の世界ジュニア選手権でのほろ苦い思い出 (2014年5月9日)

■第2回: 米国で頑張る永島聖子さんにエールを贈ります (2014年4月25日)

■第1回: 吉田栄勝さんの功績と思い出 (2014年4月18日)


 







JWF WRESTLERS DATABASE 日本レスリング協会 選手&大会データベース

年別ニュース一覧

サイト内検索


【報道】取材申請について
-------------

● 間違いはご指摘ください
本ホームページ上に掲載されている記録や人名に誤りがある場合は、遠慮なくご指摘ください。調査のうえ善処いたします。 記録は、一度間違うと、後世まで間違ったまま伝わります。正確な記録を残すためにも、ご協力ください。


アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNSの投稿は卑劣な行為です。
BIG、totoのご購入はこちら

SPORTS PHARMACIST

JADA HOMEPAGE

フェアプレイで日本を元気に